大好きな家ですごすこと

どうも、フラクタルのさとみです。

 

さて、先日、在宅ではじめてのお看取りを経験しました。実際にはわたしの休みの日だったのですが、多く関わらせて頂きました。感じたことが多くあったので、書き留めておきます。

 

“家って、やっぱりいいな”

 

訪問しながら、いつも心で思っていました。

 

お気に入りの絵や写真、胸を張っているように、ピシッと並べられた賞状が飾ってある、住み慣れたお部屋。長く生きてきた人です。数え切れないくらいの大切なものがあるでしょう。そんな中から選ばれ、部屋に飾ってあるものたちだもの、本当に大切なものだろうし、特に思い入れの強いものであることは間違いないですよね。その方の人生の極々一部しか関わっていないわたしでも、部屋をみるだけで、ご本人がどのような人生を歩んできたのか、イメージできる場所。

 

そこに、家族が集います。自分と、愛するパートナーで築き上げてきた、愛する人たち。お金じゃ買えないものです。

 

慣れ親しんだ声、いつもの料理、いつもの匂い。そんなかけがえのないものに囲まれてすごす。とってもあったかい空間。家族の関係性の良さが溢れ出ていました。

 

いつからか訪問が終わると「またお願いします。」ではなくて、「行ってらっしゃい。」と言って頂けるようになりました。その空間にいるだけでもあったかくてありがたかったのに。大事な人の大事な時期を看る看護師として受け入れられている感じがしてとても嬉しかったです。

 

反省点としては、呼吸状態や循環動態が不安定になることがたびたびありました。そのたびにわたしは“もうダメかもな”って思ってしまいました。でも、翌朝には回復していたんですよ。多く関わる中で、驚くことが本当に多くありました。これは、紛れもなく【在宅の力】だと思っています。と同時に「医療者が簡単に希望を失っちゃダメだな。」と強く反省しました。

 

病院で、急死も終末期の死も含め、何度も死には立ち会ってきました。「まだ、点滴いるの?」とか、「この状態で、検査か…。」とか。家族全員が絶縁状態で最期の最期まで1人の方とか。手足がパンパンに浮腫むのもしょっちゅう見てきました。そのたびに治療方針や本人の希望と家族の希望の乖離などなど、本当に多くの葛藤がありました。わたし自身が、感情移入しすぎてしまうこともあり、苦しくなることもありました。お世辞にも穏やかと言えない死が多かったのです。急性期だったからだと思うけど…。

 

だけど、今回は、家族みんなが見守る中、本当に穏やかな最期だったと思います。家だとこんなにも穏やかなのか、って不安になるくらい、穏やか。穏やかな最期であってほしいと強く願っていたので、すごく安心しました。この方が積み上げてきたものが、こんなにも愛のある、あたたかい最期に繋がったんだな、と改めて思いました。

 

後日、

ご家族様からお電話で「家族のように接して頂き有り難うございました。」と言って頂けました。

 

これ以上の褒め言葉はあるだろうか。家族を大切にする方々から、このように思って頂けたこと、このような方々と関われたことに、こちらこそ感謝しきれないです。もちろんわたし1人のちからではもちろんなく、一緒に関わったチームみんなの協力あってのこと。そこも、本当に感謝します。

 
悩んだ分、学ばせて頂いたこともとても多かったので、しっかり自分の中に吸収し、次はもっともっと良い関わりをしていかなければですね。

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