どうも、フラクタルの実家居候担当、さとみです。
仕事から帰ったら電気がついてて、あったかくて、お風呂が出来てて、ご飯が出てくる。最高です。ニート最終週はこちらでお世話になります。節約もかねて。
家族仲良い話。不快に感じる人がいてもおかしくないと思っているし、それは本当に申し訳ないと思っています。恵まれた環境である事も自覚しています。生まれつきの運の良さなのかもしれません。ただ、私と妹が生まれるまで、ちょっとだけ、苦労をした両親。あくまでちょっとだけですが。今回は、私の生れるまでのエピソードをお話しします。(重い話じゃないです。)
先週tweetした、この内容。
そしてお墓参りへ。
はきすぎて、自然にダメージ風になったジーンズを履いた父親。
恥ずかしいと怒る母親。
爆笑娘。
本日も我が家は平和です。笑— 自由人ナースさとみ (@minisatominy) March 17, 2019
このお墓参り、私の兄弟姉妹のものです。私は長女ですが、私の上に3人、下に1人いました。全て水子さんです。流産、死産が3度も続き、元々、そんなにメンタルの強くない母親はかなり精神的に参っていたと聞きます。父親は仕事人間だしあんま家に帰ってこないし(笑)
私ができた時も、嬉しさや期待反面、失う恐怖や悲観的な気持ちが強かったと言います。また、ダメだったら…と何度も考えたそうです。でも、私はそんな気持ちを裏切り、無事に誕生(笑)ギリ保育器回避レベルの体重。1歳の時に低栄養で入院。生まれつき、身体は強い方ではなく、今でも年に数回は風邪を引きます。
楽天的な性格は先天的なもので、“ま、なんとかなるか~”って生まれてきたんだと思ってます。たぶん母親の体内に色々と忘れ物をしてきたから私はちょいちょいボケてんだな。
私の妹が誕生したのが2年半後。妹の誕生にも、ある意味で奇跡のお話があります。今でも話題になる「妹は体内で1回死んで生き返った説」。母親的にはあまり触れられたくない話題みたいなので、詳しい事は知りませんが、割と週数がたってから突然、エコー上に妹の姿と心音が消え、“もう駄目だ”と医師に言われたそうです。母親は諦めきれずにセカンドオピニオン。でも、そこでも駄目だと言われ、死産の方向へ。母親は、“また駄目だったか…”と自分を責めたそうです。
数日後の最終診断の時に、エコーを撮ったら、なぜか妹の姿があったそうです。心音も問題なし。医者もびっくりしていたとの事でした。私は産科領域凄い弱いし聞いた話だけだから明らかに情報不足だけど、医師には奇跡だと言われたそうです。その後、妹も無事に誕生しました。実はこの人、手相の生命線がないんです(笑)まじで。まぁ、一度生命が途絶えたという話は考えにくいし、注意力散漫なところがある妹なので、母親の体内で動き回ってて、どこかに隠れてたんでしょうね。
本当はもう一人、妹がいました。けど、その子も駄目でした。私の物心ついた時だったので、納骨の時に白い箱をかかえて、泣いていた母親の横で、なんだかよく分からないけどとっても胸が締め付けられるくらい悲しく、苦しかったのを覚えています。
そんな感じで生まれた、私と妹だから、私たちは本当に大切に育てられたと思います。躾は厳しかったけど、今の私たちがあるのは両親のおかげなので、そこは本当に感謝しかないです。
ごちゃごちゃ言ったけど、私が伝えたいことは、生命って奇跡なんですってこと。もしも、私の上の3人が存在していたら、私は存在していないだろう。本当に尊いものなんです。私の周りにも、何人か、妊活で苦労している人や、妊娠しても駄目になっちゃった子もいます。それくらい、人が誕生するのは奇跡。絶対に、生まれてきた意味はあるし、愛される権利がある。だから、今凄い悩んでいる人とか、自分の存在なんて~とか思ってる人とか、自分の事が嫌いな人とか、そういう風に考えないでほしい。必要だから生まれてきたんだよって、伝わればよいな、なんて思います。