看護とはなんだろうか

看護の話

こんにちは。fractaleの新人訪問看護師mizuki@おぬです。

 

今日の昼間、ふくっちさん(twitter:@nurseman_nao)とツイキャスをしてたんです。

ふくっちさんは整形外科→精神科の男性看護師さん。声はかっこいいし、背は高いし、優しいしと、私にもっていない魅力のある方なんです。

今後も定期的に配信をしていこうと思っていて、今日は昼間に2人で話しました。

 

そこで出たのは「看護って幅広いよね」という話。

 

僕は最近「看護とはなんだろうか」と悩み続けています。

いままで病棟しか知らなかった僕が訪問に転職してから、ずっとずっと違和感を感じつつ働いている根源が「看護とはなんだろう」という疑問だったんです。

 

病院に入院しているときは、その病気が良くなるように薬を飲んでもらったり、点滴をしたりその他のデバイスを利用して「病気」に焦点がいくじゃないですか。

たとえばさ、ICUとか小児科の看護師が、脳外科や内科に異動した場合、輸液ポンプじゃなくて普通に看護師が滴下調整するから少しギャップを感じると思う。「あー、そっか。そこまで厳密に管理しなくても大丈夫な状態だしね」と。

そして身体科急性期から慢性期病棟に行くともっとギャップを感じると思うの。「いやいや、脱水にならないようにもっと輸液入れないと!!」みたいな感じになるけど、実際は経口摂取量でまかなえたり、それよりおむつ交換の技術が大切だったりもする。

身体科から精神科に行っても「おいおい、もっと身体的ケアが必要な状態じゃないの??」って思うけど、それよりも精神状態の観察が先だったりすることもある。

どんな環境に異動しても、それ相応の戸惑いって必ずあるじゃないですか。いままで話した内容でも「医療デバイスの準備、調整から精神状態の観察まで」すべて看護師の仕事に含まれるじゃないですか。だって、病棟にいるのは自分たちだから。医師、介護士、リハ職、もちろんいるけど、看護師の仕事としてはなにからなにまで含まれる。

でも、看護師が絶対にやらないといけない、業務独占の部分って案外少なくて、患者さんの日常生活の援助なら介護士さん、助手さんでもできるし、なんならそちらの方々のほうがうまい!!僕なんかよりはるかにテキパキしている。

ただ、内服管理、点滴管理は看護師の仕事ですよね。これだけじゃないけど、これが多い。

次の輸液は8時間後にこれを〜とか、朝の内服薬は朝食前に配らないと〜みたいな。看護師で働くみなさんはこのイメージはつくと思うんです。

 

ところがですよ。

訪問看護だと、このあたりが微妙になってくるんですよ。

内服管理、内服指導はもちろんあります。ただ、読んでいるみなさんも、日々飲んでいる薬があるって人もいると思いますが、飲み忘れなんて当たり前のようにあるじゃないですか。一日たりとも忘れないって、なかなか難しいと思う。だからこそ、訪問看護で訪問しても患者さんは飲み忘れている薬があるわけですよ。それは当たり前でいいと思うの。

ただ、じゃあこれをどうするか。あれこれ工夫はするけど、飲んでもらう確証はないわけで。毎回飲むたびに訪問なんて現実離れしたことができれば、それはありですが、できるはずがない。飲み残した薬をチェックして「次からは忘れないようにしてくださいね」って言うしか無い。家族にもそう説明するしかない。

これ、なんか看護師として力不足を感じたりするんです。「もっとしっかり飲むように!!」なんて言えるはずもない。せいぜい毎回訪問して同じ説明をするだけ。これ、むなしくないですか?医療職として訪問して、薬を飲ます確約も取れないって。

薬はじゃあ、もう飲まなくてもいい(笑)もうあきらめたってぐらいじゃないと、こっちの心が病む。

 

なんのために訪問看護で行っているのだろうか。いや、そもそも看護ってこんなにも無力なのかと。

 

僕はそれ以外にも葛藤がある。

家族がとても熱心に介護されていて、すばらしいなと思う家は多い。けど、なんでもかんでも看護師にやらせようとする人もいる。

他にたくさんのサービスを利用しているにもかかわらず。それ、他のサービスでも十分対応できますよって思う。だから僕は説明する。

 

なにをしても看護だと思うし、なにをしても正解も不正解もないと思うの。病棟で働いていたって、別に看護師じゃなくてもいい仕事なんて山のようにある。それはわかるんだ。

けどさ、病棟で働いていた人間が訪問をやると、こんなにも看護って「無力」なのかって思うし、なにが看護なんだろうなって思う。

昼間のキャスで話したのは「今まで物を買っていた営業の人間が、売る側にまわった感覚と同じ」って説明した。

同じ看護なのに、在宅では薬を飲んでなくても受容し、どんだけ説明しても服薬コンプライアンスが守られるわけでもなく、なにからなにまでしないといけない。

在宅ではコンプライアンスではなくアドヒアランス。

そんなのわかってる。けど、患者が治療に関わろうとしていても、守られていないものは多い。

 

こんなん、在宅が嫌いになる要素しか無い。

 

だから思うの。もう少し看護ができることを明確にして、家族に説明する。他のサービスについても説明をしてどんなことができるか、逆に看護師が来たときにどんなことを期待してサービスを受けていただけるか。患者も看護師が来たときになにをしてもらえるのか明確な方がいい。

とはいいつつ、他のサービスも手一杯な状態。どうせ他のサービスも「それは看護師が来たときに」とか言っているはずだし。

 

本当、日々悩みに悩んでいる。

だからわかったことがある。

長期入院していた精神科の患者さんが、病棟スタッフが全員で退院調整をして退院前訪問なんかをして退院させた患者さんが、訪問看護とか入れているはずなのに再入院してくる例を何回も見たんだけど、そのときに「訪問看護って本当に入ってたの?」とか思ったけど、わかった。介入できないから状態が悪くなっていったんだって。ケアマネ、主治医に連絡したところで、すでに状態が悪いんだから、対応が後手に回る。いまどうにかしないとの「今」に時間がかかる。かといって介入させてくれるはずもない。

だから、対応してくれた訪問看護師も本当に大変だったと思うし、自分の無力さを感じてしまったと思う。

いまならわかる。介入できないことのもどかしさを。

 

看護ってなんだろうか。

いろんな意見をいただきありがとうございます。

この気持ち、いましか体験できないと思うの。だから書きました。

まだ訪問看護師になって一ヶ月。これから自分なりに「看護とは」の結論がだせればいいと思う。

僕と同じ気持ちの人はいると思うんだ。看護師免許取得して、やっていることってこれでいいの?みたいな。葛藤している人は僕だけではないはず。

同じく葛藤している人とぜひともに成長していきたい。

 

ま、楽しいだけでは仕事じゃないし。

少しずつさとみさん(twitter:@minisatominy)に教えてもらおうっと!!

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